読書日記ときどき愚痴日記

読書感想を模した毒満載の日記。
普段は西郷どん=夫 に連れられた「犬」
ですが、気に入らないことがあると
一瞬にして「ケルべロス」に変身します。
特に「不倫&W不倫」ネタはケルべロスの
格好の餌食なので該当される方はご注意を。

縦に伸びる雲


今日のホウホウ先生のブログにもあった「地震雲」。

 実は、先月くらいから「地震の兆候」として、

大阪湾上には飛行機雲ではない、長細い雲がよく出ておりました。


地震前日や当日も長細い雲が出ておりましたが、

皆さんの恐怖心を増幅してしまいますので、

あえて関連記事や画像はアップしないことにしました。




私も地震の前日(17日)の午前中に「あれ?あの雲、変??」と
思った雲がありました。
例えて言うならブルーインパルスがす~~と縦に飛ぶ感じ。
真ん中一機がす~~~~~~っと真っ直ぐなくっきりとしたいつまでも
消えることの無い縦の雲を作っているかのような雲でした。


(イメージ。
こんなモロモロした雲じゃなくてもっとくっきり真っ直ぐ)



もっとわかりやすく言えばロケットが「垂直飛行」しているかのような
それでいて消えない真っ直ぐなきれいな白い線。


その日は「えらく飛行機(本体)もよく見えるし、飛行機雲も沢山残っているな~」
と雲の縦と横の違いがより一層印象的でした。
しかし、他の「ヨコに伸びる飛行機雲」が時間と共に「モヤモヤ、モロモロ」
と言った形に変化していくのに比べてその「縦の雲」だけは
くっきりはっきり残り続けて。
それで「あの雲、変??何??」と記憶に残りました。


またホウホウ先生の本文にもあるように「日本は龍の国」。
たまに霊力がある人が何気に撮った写真

幸運を呼びこむ不思議な写真
幸運を呼びこむ不思議な写真
サンマーク出版

が「龍の形」やその他もろもろの神秘的な形に見えることがあるので
17日の夕方何気に歩いている時に
「そういえば、龍はいないかな??」と見上げると
「あれ?あの龍、怒ってる????」と思うような形が。
とはいえ「所詮、見え方なんてロールシャッハだよね~~~」と思いつつも
普段「怒っている」のが通常運転の私にしたら(笑)
「今日は別に怒ってないのに、怒っているように見えるって…」と
それも引っかかってました。



まずは、地震の場所が遠く離れていても、

人間はどこかで「地震が起きそうなエネルギーを感じている」

ということです。


カラスが「カァカァ」と鳴くとか、犬の遠吠えだけでなく、いくら距離が離れていても、どこかで人間も、これから起ころうとしている「地震エネルギー」を感じております。


 全く感じない方もおられますが、「お腹が空くなぁ?」「眠いなぁ?」とか、どこかで感じております。


「大きな地震」の前は、いくら距離が離れていても、

イライラしたり不安になる方が多いと思われます。


本当に不思議に距離は関係なく、体が重かったり、

やる気が湧かないで、強力な眠気を覚えてた方もいたことでしょう。


これは日本の地中に溜まっていたマグマのエネルギーと一緒に溜まっていた、

「人の想念のエネルギー(嫉妬や恨み、心配など)」の解放にも繋がりました。



雨は、大気や大地を浄化してくれますが、地震は溜まり溜まっていた、私達が吐く、不満のエネルギーや重いエネルギーの解放にもなります。



確かに地震の後は「絆」「繋がり」「思いやり」など色々価値観も変わり
自分の立ち位置の確認になる場合があると思います。
いくら科学が発達しても神様がおつくりになったものにはかなわない。
謙虚な気持ちに立ち戻るいい機会なのかもしれません。
とはいえ、幼い綺麗な魂が天に帰って行ったのも事実。
「ブロック塀の崩壊」と言う危険性の示唆は彼女が残して行ってくれた
置き土産なのかもしれません。
気付かせてくれてありがとう。安らかに。











ニューヨークの女性の「強く美しく」生きる方法 エリカ著

ニューヨークの女性の「強く美しく」生きる方法
ニューヨークの女性の「強く美しく」生きる方法
大和書房

昨日の↓

ニューヨーク流 本物の美の磨き方
ニューヨーク流 本物の美の磨き方
KADOKAWA/中経出版
2015-06-19

が、個人的には良かったので古本屋に行ったらあったので買ってみた。
結果はイマイチ。
と言うか本書は簡単に言えば「人生論」。
「本物の美」の方が今の自分が求めている内容に近かったから。
また、本書がデビュー作なのか内容も丁寧と言うか遠慮気味な感じがして
インパクトが弱く感じられた。


例えば昨日引用した内容と近いのが

p178~ 相手を尊重した距離感を保つ


人付き合いって難しいものですよね。

何もかも洗いざらいに話す、心を割って話すのが真の友情とか、

仲良しの証と思われがちですが、本当にそうなのでしょうか?

例えば最近知り合った人とランチに出かけたとしましょう。

お互いがどんな人なのかを知りあういい機会ですが、

会話となれば、

身の上調査のような内容になってしまうことはありませんか?

出来ることなら「ノーコメント」と言いたいけれど、

それを言えば角が立ってしまいかねないので何とも言いようのない、

居心地の悪い気持ちに包まれながらも、

苦笑いの会話を続けてしまうケースもあるでしょう。


ニューヨークに来てからわかったのですが、

新しい出会いの場でこうした身の上調査のような質問をするのは、

日本人ならではのもので、欧米にはありません。

欧米にはプライベートな部分を尊重する文化が定着しています。

どんなに親しい間柄でも、踏み越えてはいけない一線があり、

そこから先はズカズカと立ち入りません。

初対面や友人関係になって間もないのであれば、

共有できる話題から意見を交わし、仲良くなっていきます。

人の事は何でも知りたい_______それは美しい人の心の在りかたではなく、単なる詮索好きな人の心の在りかたです。




昨日に比べて「キッパリ感」が薄いと思いませんか?
そういう意味ではちょっと買って残念だったな、と言うのが本音。


まあ初対面の人とどこまで情報をオープンにするかは自分次第、
ってことがよくわかりました。
ただ、聞きたがりってホント心底呆れる位に強引と言うか
こっちが答えざるを得ないような形で質問してくるから
巧みと言うか年季が入っているなあ…といつも帰宅してから思います。
「もう会わない…」「もう喋らない…」etc.
エネルギーバンパイアですね。