読書日記ときどき愚痴日記

主に読書感想。(だったのに…汗)
かなり独断と偏見更に毒に満ち満ちた狭い世界を
自己満足で満喫しています。
また基本「アンチ不倫、特にアンチW不倫」派なので
今後そのような本を読んだ場合及びブログを読んだ場合は
手厳しく批判していくので該当される方ご注意くださいませ。

魂を磨くアセンションを阻む闇の手口 鈴木啓介著

魂を磨くアセンションを阻む闇の手口
魂を磨くアセンションを阻む闇の手口
ビジネス社

最近自分が「薄汚れている」というか「厄が溜まっている」ような気がして
スッキリできないものかと思っていたところだったので何気に借りてみた。
ところがあまりのシンクロニティに背筋が…滝汗


ところで数年前、伊勢参りにバスで参加したら
自分達の名前が座席表に無くて「これって来るなってこと??」と
さりげない「神様からの拒否」に感じ、
どんよりした気持ちになりつつもなんとか詰めてもらって座ることができ
昼すぎに無事着いて境内に入るとまあこれが
「浄化」とは程遠いどろりとした空気でげんなりしたことを覚えています。
「やっぱり神社は早朝じゃないとだめだなあ…」と。
むしろ他人さんの「欲」にまみれた不浄過ぎるものを逆に付けて帰ってきそうな
埃っぽさ感というか空気感を素人ですら感じたほどでした。
他にも、京都の某神社にて。
そこは「願いが叶ったら石を供える」と言う「お礼参り」が必至な場所だったらしく
何気にその場を見た時に、その積み上げられた石を置いた部分から
「黒いどす黒いもの」が陽炎のごとくモやっとしてるかのような幻視を見て
「人ってこんな風に強く願うものなのか…茫然」としたことにより
以後、神社に行っても「願う」と言うことをしなくなりました。
あそこまで「欲」の形代を見たらそこまで願うことって自分にあるだろうか?と
自問した結果です。
むしろ「無事ここに来れたことに感謝します」程度に収めて、
その場の雰囲気だけ持ち帰ることに専念(?)しています。


そんな風に人間は「エゴ」をむき出しにしてしか生きられない生き物なんでしょう。
本作で『フラワーオブライフ』と言う概念が最初に書かれています。



あなたがこのフラワーオブライフの一部分、

一つの小さな円形の部分だとします。

もしあなたがのエゴが強くて、

「自分はこんな小さな存在ではイヤだ、もっと目立ちたい」

と思い、自分の事ばかり考えて巨大になるとします。

そうすると途端にこのフラワーオブライフ全体のバランスが崩れ、

その小宇宙自体が成り立たなくなってしまいます。

逆にあなたが自分に自信が無くて

「自分は綺麗な円形ではない、だから自分はココにはふさわしくない」と言うネガティブな思いを持つと、

とたんに貴方と言う円形は崩れ、その自己否定がフラワーオブライフと言う宇宙全体の崩れを招いてしまいます。


つまり私たちは個々にエゴを張らず、自己否定をせず、ただただシンプルに円形=自分自身が調和をそのものであることに喜びを感じ、自分に与えられた場所で自分の役割をまっとうすればそれが生きる喜びなのです。


(中略)


しかし、先ほども書いたように私たち人間はこの地球と言う巨大な実験施設に生命を受けた時点で先天的に「エゴ」と言う思考回路を持たされています。

その為どうしてもネガティブな意識のねじれ…つまり意識のアンバランスを生み出す心理的ブロックやカルマ等の暗雲が私たちのピュアな意識の上を覆うことになります。

その為自分の使命そのものに気が付くことができず、宇宙と言うジグソーパズルの中で一体どこが自分の適材適所なのか…つまり自分の「使命」がわからずにうまく「意識の生態系」の一部になりきれないでいるのです。


長すぎる引用でごめんなさい。
こんな感じの内容でして「スピ」系といいますか。
なので問題ない人にはOKだし、こっち系って一つ間違えると
危ない人認定になりかねないので難しいところ。
けれど一つの問題定義としてお付き合い願えたら幸いです。


さてさて話は進み4章に「意識の成長を阻む闇の正体」なる項目があります。
3つの闇として
「人間の心の闇」「低次元の闇」そして「宇宙の闇」があります。
興味深かったのが「もっとの注意しなければならない宇宙の闇」の正体。
めんどくさいので一気に結論を抜粋します。
ご興味を持たれた方は一読願いますね。(偏った抜粋になっているので)


そして今の時代になっていよいよその「宇宙の闇」は「闇のエネルギー」を使って企業を操り、経済に入り込み、政治をも操り、露骨に私たちを支配はじめています。

そのパンドラの箱…強大な「闇のエネルギー」とは何か?

それは「核エネルギー」です。



この部分を読んだ時、背筋がぞっとしました。
解散選挙、そして「ロケットマン」。
(本作は2012年に書かれています)


このまま毒性の強い放射性廃棄物を増やし続けるということが

地球の死を招くということは誰の目にも明らかです。

ところが、現在の産業を維持し続けるという破滅よりも目先の儲けを

優先する非論理的な狂気が、私たちの国ではまかり通るようになってしまっているのです。



ここでちょっと癖のある解釈になりますが、抜粋しますね。

この地球は壮大な実験場です。

生態系に代表されるようにその設計図は完璧であり

銀河の中で太陽系が置かれた位置から始まって、地球と月の引力関係、

地球の重力、地磁気、氷山と海の水位のバランス、はては珊瑚の産卵と

満月のバランスに至るまで全てが美しく配置、設計されています。

(中略)

今、「配置」と書きました。

配置とは例えば日本で有れば日本、アメリカであればアメリカ、

それぞれの土地にはその「土地そのもの」に託された役割に見合った先住民がその土地と同じ目的を持ってそこに配置されているというのです。

(中略)

広島、長崎に落とされた原子爆弾はアメリカが開発したもので、

その爆弾に使用したウランは…から採掘されています。

その土地には古くからホピ族等のインディアンが生活していました。

ホピとは「平和な人々」と言う意味です。

その土地の地下にウランが眠っていたのです。

もちろん「たまたま」平和な部族の足下にウランが眠っていたわけではありません。

彼らには「人類の叡智」としてその土地を守る役割があり、「人類への警告」としてそこに配置されていたのです。




以下に「言い伝え」が書かれておりそこには「取り出してはいけないもの」として
伝承され、同じくヒマラヤも聖地でありウランが埋蔵されていることがわかっているとか。オーストラリアの先住民、アボリジニについても言及されており彼らも迫害され
絶滅寸前の状態だとか。
そしてそのオーストラリアには世界の70%のウランが埋蔵されていると言われて
おり、アボリジニもホピ族と全く同じ言い伝えが存在しているらしい。


こうして先住民が言い伝えとして守り続けてきた聖地は、

人間のエゴによりことごとく侵略され、

ウランと言う名の闇のエネルギーは

封印を解かれ、世界に放たれることになりました。



最後に課題としてこのようなことが書かれています。


皆仲良くすること、相手を尊重すること、

物を大事にすること。



私たちはそれが一番大切な事だということを知っています。

しかし、私たちは日々の生活の中で本当にそれを実行しているでしょうか?

なぜ、こんな当たり前のことが私たちは出来ないのでしょう?



私たちが当たり前に持っていなければならない

「他者を思いやる心」を早く取り戻してほしいというのです。



宇宙から授かったこの美しい自然を大事に扱うということ。

宇宙から授かった隣人の命を大切に扱うということ。

そして宇宙から授かった自分の命も大事に扱うということ。


さて「日本丸」は一体どの方向を目指すのでしょうね?
「地球」そのものが無くなったらもう私たちは生きていけないというのに。