Noblesse Oblige  ~ノブレス・オブリージュ~

いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい テサロニケ人への第一の手紙5章16節~18節

読書感想文は自分で書きましょう! (≧◇≦)

具体的には適切ではない例として、

▽生成AIのメリットやデメリットなどを学習せずに子どもたちに使わせることや、

読書感想文などのコンクールやレポートを提出する際、生成AIがつくったものを自分の成果として提出すること、

▽定期考査や小テストなどで子どもたちに使わせることなどを挙げています。


一方、適切な例として、

▽グループ学習で考えをまとめる途中段階として足りない視点を見つけるために活用することや、

▽英会話の相手として使うこと、

▽情報モラル教育の一環として教師が生成AIの誤った回答などを使用し、その性質や限界について気づかせることなどを示しています。


また、今後必要なこととして、

▽情報の真偽を確かめるファクトチェックなどの教育活動を一層充実させることや、

▽教員のAIリテラシーを向上させることなどを挙げています。


夏休みの宿題として出された読書感想文が「本人が書いたかAiが書いたかの判断が付きにくい」と懸念されている見分け方の提案として


小中高校生の場合、夏休み前の授業のない時(スポーツ大会とか試験が終わって結構グダグダした時間)に子供に何らかのお題を与えて「その場」で書かせる
もちろんスマホの使用禁止! (≧◇≦)
小学生なら原稿用紙一枚
中高生なら1枚から2枚で
そして夏休み後、提出されたものの中で「明らかに素晴らしい作品」をピックアップしたのち、夏休み前に書いたものと比較する


文章って「くせ」が出ますからね
作家だとそれが「個性」となって読者をひきつけるのですから


あまりにも「差」がある生徒の場合、個別に呼び出して本当に自分で書いたかどうかを確認後、あくまでも本人が「自分で書いた」という場合で疑いがある場合は再度「その場で書かせる」
教育の現場では「それは生徒の人権が…」とか言いそうですけど「嘘がまかり通る」ことを
許す方が重大だと思うのですが
そこを放置して子供に甘い態度ばかり取っているから自己中人間が増産されている気がしてならない
「ごめんなさい。Aiに書いてもらいました」と言った時は責めずに「自分が読んで思ったことを素直に書けばいい」と指導してやればいいと思うのです


まあ、先生も大変だよね~~~~~
でも、人が書いたものをコピペして「××賞受賞」と華々しく持ち上げられた後で
問題が出てくるより先に手を打った方が子供の傷も小さくて済むと思うのですが



こんな風に大ごとになる前に「ダメなものはダメ」って教えましょう!
いや、そもそも「上手な作文」って何よ?とか思い始める自分がいる ( ̄▽ ̄)