読書日記ときどき愚痴日記

主に読書感想。
かなり独断と偏見更に毒に満ち満ちた狭い世界を
自己満足で満喫しています。

「自分を変える」には2週間しかいらない エリカ著

「自分を変える」には2週間しかいらない
「自分を変える」には2週間しかいらない
河出書房新社

先に読んだ同じ著者の本が良かったので図書館に蔵書がもう一冊
あったので速攻で借りてみた。
結果を先に言えばこれはイマイチ。
と言うのも先の本↓

ニューヨーク流 本物の美の磨き方
ニューヨーク流 本物の美の磨き方
KADOKAWA/中経出版
2015-06-19

は、生のニューヨーカーの実態例が随所に見られたので、
思考として理解しやすかったから好感が持てたのに、
こちらはよくある「変わりたかったらノートに書く」系でした。
正直、いまさら感がありすぎて…
別にこの本じゃなくても…と残念。
と言うより、もう巷に溢れすぎて新鮮味が全く無し!


と言うものの「人間関係」編は今の自分の悩みにピッタリだったので
長文ですが抜粋。
p41~

子どもの頃の人間関係の築き方を持ち出さない

楽しい時間を共有できるのは決して誰もが社交性に富んでいるからではなく、「大人の人間関係」の築き方が上手だからです。

「近すぎず遠すぎず」

「踏み込みすぎない」

「場を独り占めしない」

「誰とも公平に同じように」

「同じメンバーで固まらない」

「もう少しお話したいなと言う余韻を残す」

自分の成長に合せて「大人の会話」と「大人の立ち居振る舞い」を学び、人間関係の築き方も大人レベルに引き上げているのです。

(中略)

「相手がどう思うだろうか」と考えるのは、相手を尊重したり、

配慮したりするときであって、それ以外は相手がどう思うかなど

気にしません。

自立した大人の精神が宿っているのですね。

お互いの違いを尊重し、受け入れながら関係を築くことが

本当の「大人の関係」ともいえます。

(中略)

人間関係の築き方を大人レベルに引きあげる為には、

誰とでも同じように深く仲良しになろうとせず、

それぞれの人に「ここまで」と言う一線を自分に引くことです。

プライベートなことはどこまで話すか、事前に決めて線を引いておくことが自分にとっても心地よく、相手にとってもこの人は「領域を持っている人」だという印象に繋がり、いい関係が育ちます。

(中略)

自分が引いた線を動かすのは常にあなたです

この人とはもう少し仲良くなってもいいと思えば、

一線を動かし距離を縮め、親密度を少し増しましょう。

一気に動かしてしまうと、後から戻したくても、摩擦が生じて

戻しにくくなってしまうので、少しづつ動かしてくださいね。





このブログでもそうですが、NICEを頂いたらついついこちらもNICEを
押さないと「いけない」みたいな「強制、義務」ぽいものを最近感じるように
なってそれが苦痛になってきました。(自分が思っているだけかもしれませんが)
正直その人の文章が自分にとっては「NICE」でない場合もあり、
いっそのこと「見たよ!」マークならいいのにとすら思います。
「そんなに深く考えなくても…」と思われるかもしれません。
読者になってもらったからこちらも…と言う考え方をしてしまうのは
日本人的発想かもしれません。
物事を穏便に済ますにはその方が楽だから。
けれど、一旦「読者になる」を押したのにそれを解除するというのは
苦痛を伴う場合もあります。
(過去に所属していたブログで嫌な目に逢ってこちらに移行した経緯があります)
相手の事を本当に嫌いになって解除するのとは違うから。
「考え方の相違」と言ったものや「読んでいても…」と思うのなら
初めから「読者になる」を押さなければ良かった…と思うのなら
この機能を使わない方が自分の性格に合っているとすら思うようになりました。
なので、読者になっていることを公開しない機能を使うことにしました。
気が向いたときに読みに行って、気が向いたらNICEを押す…そんな
使い方の方が自分は向いていると思うから。


自分が日本語よりも英語に魅かれるのはそう言った「自分はこう思う」と
ハッキリ言えるところかと思う。
常に主語が一番最初に来るところ。
他の誰の意見んでも無く I think that ~ と自分はこう思う、
自分はこう言う と 自分に責任を持っているところが好き。
こんな性格だから日本は生きにくいと本当に思う。
本音で自分の意見で言ってくれませんか?と相手に言いたくなる。
欧米のエレベーターの中で見知らぬ人に気安く hai! と挨拶する習慣が好き。
(言わないと悪意&敵意を持っていると撃たれる社会でもあるが故に)
日本じゃ見知らぬ人に気安く喋りかけられただけで身構えて余計に
無表情になるところがなんか下町育ちには苦痛。
本書にも「親切に徹する」とあるけれど、先日も見知らぬ婦人の
服がどうも「…」だったから良くも悪くも「言わずに済まない」性格ゆえに
「あの…もし、ファッションの一環だったらごめんなさい。
服の後ろが…」と声をかけたら
「ま~~~~ありがとう!!トイレに行った時に巻きこんじゃったのね…」と
かなり恐縮&感謝されました。
「よくあることですから…」とその場を離れました。
昔はこんな会話、どこにでも転がっていたと思う。
けど、今って下手な事を言うと逆切れされるじゃないですか。
なら言わない方が身の為みたいな。
なんかホント、それ嫌なんだけど。けれどそれも自己満足なんだけどね。


ちょっと疲れているというか、屈折した心境に今います。
すみません。