忘れて捨てて許す生き方 塩沼亮潤
- 忘れて捨てて許す生き方
- 春秋社
- 本
読みやすさは先に書いた↓ こちらをお勧め
- 縁は苦となる苦は縁となる
- 幻冬舎
- 本
この方は
1999年、1300年の歴史で2人目となる大峯千日回峰行満行。
2000年、四無行満行。
をされてます。
因みに四無行とは
p59
断食、断水、不眠、不臥、
すなわち9日間、飲まず、食べず、寝ず、横にもならない
という行です。
普通に考えても「無理!」な事をやって成功したというお方!
4日目辺りにはさすがに「死臭」が立ち込めてくるそうな。
そりゃそうでしょう。
なぜそこまでして「行」を行うのか。
この方は「やってみたかったから」という超シンプルなお答え!!!!笑
やはり「なぜ?」とインタビューされてあまりのシンプルな答えににもっとインパクトのある答え(感想)を引き出したかった俗物な相手は拍子抜けした、とのこと。
思うに今の日本で水道をひねれば水が飲める。
水が飲めたら正直数日間生き延びることは出来る。
でもそんな環境だと「水も飲めない飢餓に苦しむ人の気持ちは理解できない」からこそ
そういった「困った人」「苦しんでいる人達」の気持ちを知るためにやるのでは無いかと思う。
その人たちの立場、環境に立たねば理解できないことがこの世には多々ある、
そんな気持ちがあるからこそ修験道が存在するのではないかと思った。
なので、世の二世三世の「坊ちゃん、嬢ちゃん」が政治家になっても庶民の立場にたっての
政治なんて夢のまた夢、ってことっす!残念!!
ただ結果的にこのような荒行を行った後では普段の生活こそが「行」である、
という結論に至った模様。
p120
「人を相手にせず、天を相手にせよ」
少しいいかえれば「人を相手にすることなく、自分自身を相手にせよ」。
忘れて、捨てて、許して、そして人には微笑みをもって生活をする。
些細な事でも情熱を持ってコツコツ努力する。
決して人から良く思われたいということなく努力していても、もし万一、
人から褒められれば嬉しいでしょう。そしてその喜びがまた自分自身の情熱という炎に油を注いでくれるのでは無いかと思います。
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